案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年2月10日土曜日

昭和53年 赤城山麓 上毛電鉄

赤城おろしの空っ風が吹く大湖を訪れたのは、すっかり鉄撮りもやめていた昭和53年の1月であった。私の鉄道モノクロネガの最後になる。
あの頃、東京に近い中小私鉄の中で上信・上毛電鉄は魅力乏しい路線がであったが、40年が経って当時を写真で見ると、カレー色の生え抜きデハ100形やデハニ52が走っているだけで上毛電鉄も魅力的な時代であった。

この頃はマイカーを利用して撮りに行けるし、カメラも一眼レフに交代し、土日にどこへでも撮りに行けたのに、鉄撮りは中止。1970年代になっても関東一円にまだまだ魅力ある私鉄路線があったのに惜しいことをしてしまった。


今やすっかり有名になった大胡の車庫。1978.1.14 

大胡駅の風景。デハ81(元東武)  

赤城おろしの空っ風に吹かれて走るデハ100形。

カレー色した生え抜き電車。 デハニ50形52


空っ風吹く桑畑を行く デハ800形801。



西武のクモハ351形とクハ1411形がどっと入線してきた頃。大胡


6 件のコメント:

ED4012 さんのコメント...

懐かしい画像をありがとうございます。
訪問されたこの年にデハニ52や旧東武のデハ81、デハ801と組んでいるクハ601(?)が引退しておりますので、ぎりぎりのタイミングであったかと存じます。西武351系に席巻される前のこの時代は魅力的な強者ばかりだったと改めて感じました。上毛・上信両社は首都圏から半端に遠いせいか、訪問される方が意外に少ないですね。

katsu さんのコメント...

ED4012さん
そうでしたか、この年にデハニ52他の古参電車が引退したとは知りませんでした。
そういえば西武のツートンカラー車が太胡駅の側線にずらっと並んでいました。
たまたまの訪問だったのですが運が良かったです。

私にとって上毛・上信は鉄道の規模がちょっと外れる路線でした。
そのせいか上信は今でも訪問したことがありません。
確かに当時は首都圏からの距離も中途半端でしたね。
上毛は今も沿線は魅力的だと思います。
車両のことより、その魅力を撮ってみたいものです。
よし行ってみるか! の気分になりそうです。

esehoku さんのコメント...

「カレー色」にちょっと笑いました。
上毛は近いのに、何故か乗った事がありません。
確かに、首都圏からの距離が中途半端なせいでしょうか?
(つまりは「いつでも行こうと思えば行ける」と思って結局タイミングを逸しているという…)
上信の方は何故か何度か乗りましたが、個性的だった旧型車も一掃されました。
高崎の駅に着く時、上信の車輛が雑多に並んでいるのを見るだけでも楽しかった覚えがあります。

katsu さんのコメント...

esehokuさん
上毛電鉄の黄色は枯れたような黄色で、カレー色としたものです。
それが空っ風の土地によく似合っている気がしました。
いつでも行けるという路線は中々行かないものですね。
とても近い小湊鉄道などは、私は10年前に初めて訪問しました。
昔の上信は車両の魅力があったのでしょう、高崎に着く時の上信の話はよく聞きます。


置き猫 さんのコメント...

サフラン色とかターメリック色なんて書くと高級感が出ますw こらそこ末期色とか言うなっ!
上毛電鉄は車両の総入れ替えを短期間に何度もやっていて結構思い切りのいいところが
あります。その一方でデハ101だけは後生大事に持ってたり廃車後倉庫になっていたデハ104を
イベント用に持ち出したりと古いものを大切にする一面も。
上毛イエローはデハ104で見る事ができますね。上信電鉄は107系購入にびっくりしました。

katsu さんのコメント...

置き猫さん
私が訪問した後、西武車との入れ替えを一気にやったのですね。
その後、次々とどんな入れ替えをやったのか、北関東に住んでいながら私は何ひとつ知りませんでした。
上毛の車両の面白さはやはり生え抜き車までだと思います。
今、何が走っていようと車両じゃない、空っ風を感じさせる上毛電鉄が撮れるのではないでしょうか。