案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年10月21日土曜日

原田のC55

西鉄大牟田線の電車を思い出し、筑豊本線原田のネガをスキャンしてみました。原田のC55は1枚だけ以前アップしたことがあります。

美しいC55を撮りに原田駅に降りたのは1967年春であった。原田から宝満川鉄橋まで歩き筑豊本線と西鉄大牟田線と狙ったが、一面に田畑が開けた単調な風景で次々やってくる西鉄電車の写真はワンパターンになってしまい、フィルムと時間の無駄遣いに終わってしまった。こういうことになるので大手私鉄の電車は滅多に撮ることがない。

1967.3.6
どこまでも一直線に走る西鉄大牟田線とクロスする筑豊本線のC55旅客。

熊本電鉄と熊本市電を撮った3月6日は、この後熊本から鹿児島本線に乗って原田(はるだ)に来ていた。ノートの片隅には、朝早くから夕暮れまでろくに食事もせず歩き回り、何で俺はこんなところをさ迷っているのだとメモがあったが、九州めぐりの最後は原田から出ている筑豊本線のC55を狙った。

 原田駅のC55

原田を発着する筑豊本線にはC55列車が日中上下14本も走っていた。
門鉄デフを装備した美しいC55 


 D60 原田

D60とC55 春田-筑前山家

やって来たのがD51でがっかり。

2 件のコメント:

Cedar さんのコメント...

この場所、懐かしいです!昭和45年の春休みに仲間と九州鉄旅したとき、冷水峠でSL撮る行きがけに筑豊本線から大牟田線の線路が見えて、矢も楯もたまらず、筑前山家から一人でここまで歩いてしまいました。
まだ車庫もなく、ちっぽけな筑紫駅周辺で電車撮りました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
この撮影ポイントはみなさん訪れるようですね。
当時、私は何も知らず原田から筑豊沿線を歩いているとそこに西鉄本線が走っていたのです。
今のように現地情報が把握できれば、原田で撮ったあと、
田んぼの中ではなくて筑紫駅に行って撮ったことでしょう。