案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年4月29日土曜日

鹿島参宮鉄道竜ケ崎線

昔、ブログでアップした画像は横500pix程度が多かった。そんなネット環境が年々進化して今やパソコンで見ると横900pix程度でも小さく感じるくらい。facebookでさえスマホで撮ってアップする時の自動リサイズは横960pix。昔アップした小さな画像を1024pixにしてみました。


常磐線佐貫駅で畑の中にポツンと待っていた気動車に乗ると、すぐに終点竜ヶ崎駅に到着する。駅構内に立つと遠くに見えるトラックやバスはまだボンネットの時代であった。盛んに入替え作業をやっていたCタンク4号機は暫くして佐貫へ向かった。55年も遠い昔の風景はまるで模型のセクションレイアウトのようだ。

1962年3月 常磐線佐貫駅
元国鉄キハ41000形ではなくキハ40402が動いていたのが幸いであった。

1962年3月 竜ケ崎駅




 



8 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

何気ない日常風景の中で、Cタンクが貨車の入れ換えをやっているのが最高のシチュエーションです。
やっぱりこんな鉄道風景が好きですね。

katsu さんのコメント...

匿名さん
当時は何気ない当たり前の風景でした。
それが年月が経てば経つほど変わって見えてくるのが面白いところです。
もうこんな風景は見れませんが、今の時代の鉄道風景もこれから様変わりしていくのでしょう。
将来、今の鉄道風景がどんな風に見えるのでしょうか。

Cedar さんのコメント...

ホームの子供たちの姿が泣けます。
列車に乗るのか、それともただ遊んでいるのかなあ~
いつもながら素晴らしいです。

lodgershinmeishrine さんのコメント...

竜ヶ崎線、鉾田線、四倉セメントを一日で廻ると言う
強行軍をした記憶があります。学校の友達と一緒でした。
竜ヶ崎での写真は朝早の光が不十分で4号機の細部が飛んでしまっています。
Katsu様の写真で思い出させて頂きました。

katsu さんのコメント...

Cedarさん
あの子供たちに私もよくそんなことを考えます。
いつもの遊び場で遊んでいるのか、
or 今日は親に連れられ仲良しと何処かへ、列車が来るまで待合室の親から離れてホームで遊ぶ。
ホームの子供たちは今やとっくに還暦過ぎているんですね。

katsu さんのコメント...

lodgershinmeishrine さん
竜ヶ崎線、鉾田線、四倉セメントを一日で廻る・・
とは大変な強行軍でしたね。
今回の竜ケ崎線は、親にカメラを買ってもらい初めての私鉄めぐりに出掛けたもので、
その時の流山線、竜ケ崎線、筑波線は日帰りが精杯でした。
こんな近場でも随分遠く感じたものです。
東京近郊の小私鉄にまだ現役の小型蒸機がいるのには驚きでした。

匿名 さんのコメント...

質問してよろしいでしょうか。
下から2枚目の写真なのですが、線路の上に屋根がありますけど何をする場所なのでしょうか。
機関庫ではないですよね。奥も深くはなさそうです。貨物ホーム、でもなさそうですし。
もしご存知でしたらお教えいただければと思います。

katsu さんのコメント...

匿名さん
面白い質問ありがとうございました。
この記事の下にラベルというのがありますが、
そこの鹿島参宮鉄道竜ヶ崎線をクリックすると龍ヶ崎線の全8記事が出てきます。
上から二番目の記事にこの屋根の使い方が出てきます。
よく客車や荷物車を入れていたようです。