案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年2月17日金曜日

国鉄横手機関区の片隅で

横手機関区の片隅でひっそりと生息していた羽後交通横荘線。2011年に本ブログで1回だけ車両を主体に取り上げたことがあります(横荘線1回目)。 今回はあの古ぼけた小さな機関庫と国鉄横手機関区の位置関係が気になって写真を並べ確認してみました。

横荘線は横手駅を発車すると国鉄の線路の合間を縫って横手機関庫の脇を通り、その先にある横荘線の小さな機関庫の脇を抜け畑に出て奥羽本線と並走していた。
撮影 1966.03.04

横手駅を発車した列車は奥羽本線と国鉄横手機関区の合間を縫って南下する(再掲)


国鉄機関区と横荘線機関庫はこんな配置だったのでしょう.構内配線図は略図です

その先に横荘線の機関庫があり奥羽本線と並走する横荘線が南に延びる.

横手へ到着する気動車が機関庫脇の線路を通過する.

横荘線機関庫を背にして奥羽本線と並走する横荘線の混合列車.遠くに見える横手機関区の煙.

北(横手駅)側から見た横荘線の機関庫

キハ2、3は2台ともバケット無し側が南側となる.

機関庫に対面して横手駅側にもう一つ格納庫があった.背後が横手機関区.

以下は国鉄横手機関区と横手駅.
煙だらけの横手機関区(再掲)

横手駅から横手機関区の脇を南に向かう線路.

横手駅の奥羽本線 特急つばさ

横手の街

0 件のコメント: