案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2016年3月20日日曜日

浜田機関区 最後のC54

GoogleのPicasaのアナウンスによると2016年3月15日の時点でPicasaデスクトップアプリケーションのサポートが終了、それを更に発展するアップデートはありません。ということで取り込んであるPicasaの画像調整は今も続けることができています。昨年秋のC54はかなり時間掛けてPicasaで調整したものです。



日の丸自動車・法勝寺線を訪問した頃はまだ山陰本線にC54が走っていました。私が訪問したた昭和37年夏は米子駅構内で動いていたC54の姿をチラッと見掛けたが撮影はできなかった。
その翌年、米子を訪問した田辺さんは法勝寺線を撮った後、浜田機関区へ向かいC54を撮っていました。浜田機関区に集結した最後の6両が1963(昭和38)年10月に全廃になる直前のことでした。

撮影:田辺多知夫氏   1963.07.15

最後にヘッドライトがシールドビーム化されたのが残念だが本当に美しい蒸機だ。

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