案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年11月27日土曜日

福島交通軌道線 梁川

福島交通のネガカラー(初めて撮ったカラー)数コマと、1枚の福島交通路線図の湿式コピーが見つかったのを機に、前回4月25日~アップ済みの長岡分岐点他を更にアップしてみます。過去のアップ画像を再調整し再アップしているものもあります。

保原~梁川間の梁川線。

福島交通軌道線路線図


レールは泥に埋もれ、その上にボンネットバス、いすゞベレット等が並ぶ昭和41年の風景。
梁川線終着駅 梁川 1966.12.31

梁川駅

駅の奥にはこんな風景が。ホワ13 梁川

梁川駅。 どこでもよく見られたキャブオーバ型バスが待つ駅前風景。
駅の入口には、ジオラマで定番となったポストと公衆電話BOXが。

2 件のコメント:

イギリスパン270 さんのコメント...

写真にある木製の幸橋3年後、何の因果か国鉄丸森線(現阿武隈急行)の資材を運んだ10トントラックによって破壊されてしまいました。

katsu さんのコメント...

イギリスパン270さん
あの幸橋の3年後にそんなことがあったとは全く知りませんでした。
とても弱々しい木造の橋でしたが、その後何年かして路線そのものが廃止となってしまいました。
今では考えられないこんなふくしまの幸橋に出会えて私は幸運でした。