案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2010年11月26日金曜日

蒲原鉄道 畑の中の高松


村松行きの電車の先に高松の駅が見える。 1968.8.17
土倉を更に行くと、右手にカーブした先の畑の中にポツンと小さな駅(停留場)高松があった。
駅前には大粒のブドウがびっしりと垂れ下がったブドウ棚があるだけで人家は全く見あたらない。
日記に書かれたメモによればこの辺に温泉があったようで、調べたら鉄道が見える温泉金割鉱泉の楽しい記事があった。

夕陽を浴びて加茂行が高松駅に到着する。
高松で撮影を切り上げ小さな駅で加茂行き電車を待つ。
電車の時間が近づくにつれ、いつの間にか乗客が何人も集まってきた。大きな鞄を持って都会的な服装をした女性数人はきっとお盆で帰省していて都会へ戻るのだろう、畑の中の停留場が一瞬華やいだ。
こうして夏のお盆が終わる夕方、加茂へ向かう電車の中はお盆明けの客で満員であった。

越後交通栃尾線 夜の長岡駅 1968.8.17
加茂から長岡に出て一泊。栃尾線を確認してみるとこの時はまだブドウ色の時代であった。

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