案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年5月29日月曜日

駿遠線の客車

先日アップした駿遠線客車は本意でない車両写真の羅列で失礼しました。
せっかく客車車両解説のコメントを戴きましたが、記事を入れ替えます。


東海道新幹線が走る時代にまだこんな別世界があった.袋井のハ9 1967.07.09


  袋井工場にいたくたびれたハ3.1967.07.09 

模型製作でお問い合わせがあったハ1.  袋井 1964.03.25


新藤枝を発車したハ13.まだ大手線があった時代.1964.03.25

駿遠客車の最高傑作 荷物合造車ハニ1.  新藤枝 1964.03.25

ハニ1の荷物室ドアと台車

車体と台車のバランスを見るために撮ったもの.ハニ1

雨上がりのひと時.ハ20  新藤枝

2017年5月21日日曜日

駿遠線の線路

駿遠線を袋井から諸井の先へ進むと何の変哲もない茶畑や田んぼの中をナローの線路が延びていた。ナローの線路に威圧感はなく自然に溶け込んでいる。こんな線路が御前崎を通って新藤枝まで延々60kmほど走り続ける駿遠線は正に巨大軽便。写真は巨大軽便のほんの入口に過ぎなかった。

諸井~芝  1964.11.01 


2017年5月18日木曜日

昭和38年 上野駅

昭和38(1963)年の上野駅といえば、写真家 本橋成一氏の「上野駅の幕間」1979~1982年から更に16年以上も昔の上野駅ということになります。時代をさかのぼってもあの「上野駅の幕間」の風景はあまり変わっていないようです。上野駅の風景は宝の山であった。

上野駅 1963年3月16日 撮影:田辺多知夫氏



6番線からC58の客列車が発車する.成田線でしょうか.


2017年5月12日金曜日

駿遠線 最後の訪問

駿遠線を最後に訪問したのは袋井線(袋井~新三俣)廃止の直前であった。
1963(昭和38)年の駿遠線の隆盛が僅か4年後1967(昭和42)年には衰退を迎え、この変わり目はちょうど東京オリンピック1964開催を境に日本が変貌して行く時代でもあった。

駿遠線訪問日メモ
1.1963(昭和38)年4月4日訪問1 初めての訪問 袋井側/ 諸井
2.1964(昭和39)年3月25日訪問2 袋井駅と新藤枝駅
1964(昭和39)年9月26日 大手~新藤枝 堀野新田~新三俣間 廃止 

3.1964(昭和39)年11月1日訪問3 袋井側/ 芝 
4.1966(昭和41)年9月23日訪問4 地頭方~大井川
5.1967(昭和42)年7月9日訪問5 最後の訪問 藤枝側/大井川と袋井側/新横須賀
1967(昭和42)年8月27日 袋井~新三俣廃止間 廃止 袋井工場閉鎖 DB601~609の全廃
1968(昭和43)年8月21日 大井川~堀野新田間 廃止
1970(昭和45)年7月31日 新藤枝~大井川間 廃止

新藤枝を発車し東海道線を越える.1967.07.09
気動車や客車の下回りの美しさがいかにも軽便.

駿遠線の下を行く東海道線EH10. 藤枝

大井川方面からやって来た新藤枝行きが東海道線を越える.

新藤枝へ向かって築堤を下る列車.
築堤を下って新藤枝に到着する.

東海道線を越えると一つ目が高洲駅.
軽便としては太いレールでしっかりした線路.
せまい線路の絵になる風景.

2017年5月7日日曜日

玉電風景 大橋

海獺さんから大橋についてのコメントを戴きましたので、4年前にアップした「玉電風景 大橋」の写真を大きくして再び取り上げてみました。精肉店と薬屋(資生堂の看板)があった大橋車庫の入口は、今や巨大な大橋ジャンクションに。1969(昭44)年の大橋は246号線が広々としていて空が広かった。


大橋車庫 1962.12.07 この跡地に大橋ジャンクションが建設された.

大橋の商店街風景をよ~く見ると精肉・鮮魚店の脇に電車が顔を出している.大橋車庫の入出庫線であった.鮮魚店と薬屋(資生堂の看板)の間から電車が出てくる.まばゆい太陽の光がさんさんと降り注ぐ。 1969.04.22

海獺 さんのコメントによると、大橋車庫の入出庫線があったのはこの辺りのようです.2013年1月


目黒川沿いの立て看板にあった大橋界隈の地図.2013年1月

道路を横断し商店街の間を大橋車庫へ入って行くデハ200形. 

下高井戸行きのタルゴ式連接車も乗客が溢れていた.

広々とした大橋停留場. 

「連結2人のり」が表示された連結運転車. 大橋停留場

大橋停留場の向こう高台の木立の中に氷川神社が見える.

大橋側から渋谷方面を見る.遠くに見える大坂上の陸橋まで坂を登る.大橋-上通り

2017年5月4日木曜日

江ノ電の人気

この連休は江ノ電が大変なことになっているそうですね。
主要駅では、江ノ電に乗るだけの観光客が長蛇の列で1時間待ちとか。
一時、江ノ電の廃線が検討された時代には想像もできないこと。
鎌倉~江ノ島地域の人気が下地にあるが、
いかに小私鉄路線に乗ることが楽しいかSNSで拡散されたためでしょう。

鵠沼

 江ノ島 - 腰越 1963.04.28

  腰越


腰越 - 七里ヶ浜
鎌倉高校前


極楽寺の車庫風景


 元都電の301+351がよく似合う海辺の長閑な風景. 稲村ケ崎

鎌倉駅

2017年4月29日土曜日

鹿島参宮鉄道竜ケ崎線

昔、ブログでアップした画像は横500pix程度が多かった。そんなネット環境が年々進化して今やパソコンで見ると横900pix程度でも小さく感じるくらい。facebookでさえスマホで撮ってアップする時の自動リサイズは横960pix。昔アップした小さな画像を1024pixにしてみました。


常磐線佐貫駅で畑の中にポツンと待っていた気動車に乗ると、すぐに終点竜ヶ崎駅に到着する。駅構内に立つと遠くに見えるトラックやバスはまだボンネットの時代であった。盛んに入替え作業をやっていたCタンク4号機は暫くして佐貫へ向かった。55年も遠い昔の風景はまるで模型のセクションレイアウトのようだ。

1962年3月 常磐線佐貫駅
元国鉄キハ41000形ではなくキハ40402が動いていたのが幸いであった。

1962年3月 竜ケ崎駅