案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2018年5月27日日曜日

浅野川線と金沢風景

すっかり整備されて近代的になった観光都市金沢の駅前。その地下に今でも北鉄金沢駅があり、何の変哲もない地方私鉄路線になってしまった。

当時の北鉄金沢駅は地上駅で、そこからひなびた電車が行き来していて、沿線風景もいかにもその時代らしい味わい深い風景であった。金沢が綺麗になればなるほど昔との落差が大きくなっていく。

撮影:1964.12.31


金沢駅前

地上駅だった北鉄金沢駅。周辺には古い建物が並び、改札口の先に今と違ってシンプルな国鉄金沢駅前があった。

ダブルルーフのモハ3101と駅周辺の建物。

金沢の裏手を国鉄との貨物連絡線が延びていて、貨物用の2軸電動車が使われていた。

金沢駅前も裏はこんな風景であった。 

北陸本線(後方)をアンダークロスして一つ目の七ッ屋に到着する。
モハ3102+クハ1651のいかにも北鉄らしいゲテモノ編成。

味わい深い七ッ屋の駅。ここに車庫があった。

線路はしばらく浅野川に沿っていて、最も浅野川の土手が線路に接近したところでトラックが線路に転落し北鉄金沢行の電車が立ち往生していた。乗客は地上に飛び降りて吊橋駅へ向かった。
この日は大晦日。正月の準備で金沢市内に買い物に行く乗客だろうか。

乗客は吊橋(三屋)で待つ電車に乗って北鉄金沢へ向かった。

2018年5月24日木曜日

小名浜臨港鉄道

古典蒸機の宝庫であった小名浜臨港鉄道(現 福島臨海鉄道)で、この頃に在籍していた貨物輸送用の蒸機は汽車会社製1C1タンク機C358と、英国ノースブリテッシュ製C1タンク機C508だけだったようだ。
朝のラッシュ時には片ボギーのトレーラが使われていた。

撮影:田辺多知夫 1966.5.14
片ボギーのトレーラ ハフ7(元北九州鉄道)を牽いて走るキハ100形 泉-滝尻

泉-滝尻

キハ100型 滝尻付近

この頃、貨物は蒸機からディーゼル機に代わっていた。
 DD451 滝尻付近

DD501 滝尻付近

常磐線と小名浜臨港鉄道  泉-滝尻

常磐線の泉から出ている小名浜臨港鉄道(福島臨海鉄道)。

参考:鉄道ピクトリアル 私鉄車両めぐり第7分冊 鉄道図書刊行会

2018年5月23日水曜日

ストロー状ネガの再生

昭和38年3月に撮影した東武中千住駐泊所。ビネガーですっかりストロー状になったネガを開いて数枚だけ再スキャンのテストをしてみました。

中千住から業平橋へ向かう64号ネルソン。1963.3.25
ストロー状ネガのスキャン

正常なネガのキャン(2011年)


ストロー状ネガのスキャン

正常なネガのスキャン(2011年)

スキャンの結果は画像に歪みや縮みが発生しているが、ストロー状のネガは捨てずに、もう少しとっておくことにした。

2018年5月21日月曜日

能登の漁港に近い小さな駅

人も民家もカットされた風光明媚なお立台の素晴らしい写真を何十枚見るより、今になってみると、こんなジオラマの題材のような写真をじっくり見る方が楽しい。

北陸鉄道能登線が羽咋を発車して二つ目の「滝」、何でこんな駅を撮ったのかは記憶が定かでない。

能登の漁港の近くにあった小さな駅「滝」は、ガンガン照りの太陽の下いかにも真夏らしい風景で、列車が来るまで静まり返っていた。

言われてみて気付いたが、踏切標識、電柱、警告看板などいろんなものが傾いていた。こんな傾きも気にしない社会であった。

草むした構内で遊んでいる子供たち。
未舗装で真っ白に乾いた道路を、日傘を差して歩く女性が二人。
道路沿いの傾いた電柱に裸電球の街灯が一つ。
生い茂った草に埋もれてしまいそうなホーム。
踏切に立ててある線路通行禁止の看板。これも傾いている。
スプリングポイントの向こうに拡がる駅。
駅の周りに並ぶ古めかしい昭和30年代の民家。

撮影1962.08.02

真夏の炎天下、港町にある草生した駅は静まり返って潮の香りが漂ってきそう。海がすぐそばに。
 
駅に人影はなく無人駅と思ったが滝駅の切符を買ってあった。


やがてやって来たのは片側バケット付の気動車キハ5201。踏切標識が大きく傾いていても気にしない社会。滝駅を過ぎると車窓一面に能登の海が開ける。

これらの写真を見ると漁港との位置関係を地図で調べたくなるものです。

廃線跡は129号線道路ではなく、その奥のきれいなカーブと直線を残す自転車道が軌道跡でしょう。踏切の位置からすると滝駅はこのあたりにあったと推測される。

鉄コレのキハ5201が走る漁港のジオラマが目に浮かぶ。

この辺りで前方に海が開ける。海沿いへ向かう線路跡がサイクリングロードとしてはっきり残っている。

2018年5月17日木曜日

沼尻の落穂写真

以前から何回かオリンパスペンSで撮った軽便を紹介してきましたが、沼尻もオリンパスペンSで撮った写真は、軽便の面白さで1点たりとも無駄がありません。そんな沼尻から未公開画像を集めてみました。お題の「落穂写真」の呼び方は夢遊仙人さんからです。
             
撮影:1964.1.2~3

スキー客満載した列車の牽引を終えて一休み。沼尻のデルタ線構内。


スキー客はここから沼尻スキー場へ向かった。沼尻スキー場がある沼尻温泉まではかなり距離があるが、駅前には何もなく、きっと川向うにバス発着場があったのでしょう。

川桁行き列車が発車を待つ沼尻駅。この1枚のみ35mmカメラで撮影.

単車の客車からの眺めは、線路だけで絵になる風景。 よく見れば酸川野停留所であった。

会津樋ノ口で客車を増結。
位置を変えてもう一枚。左側にホームがあったのですね。右手に駅舎らしい建屋が見える。

最後部に1両増結が完了した長大編成の列車。会津樋ノ口

会津下館の駅舎。 手書きの駅名表示が味わい深い。

客車総動員の正月の列車は、数えると5両の凸凹編成。
右へ左へとカーブし高原列車は走る。

 小さなターンテーブル、給水塔、給油所などがある川桁の車庫風景。
昔、ここでコッペルCタンクが休んでいたことでしょう。

単端ガソと硫黄運搬の貨車群。翌日、単端は小屋の中に引っ込んだ。 川桁

2018年5月11日金曜日

井笠鉄道 早春の陽光

今回の写真集では井笠鉄道(タイトル:早春の陽光)でネガカラーをモノクロ化して何枚か使っています。上手く行ったもの、不満なものいろいろですが、その他のネガカラーをモノクロ化してみました。山陽の春の陽ざしを浴び、軽快に走っていた井笠鉄道が印象的でした。

井笠といえば非電化軽便、軽便王国など無機質なタイトルがよく使われますが、今回の写真集では各路線のタイトルに拘りました。この3月初旬の山陽地方の井笠につけたタイトルが季節を感じる「早春の陽光」でした。

撮影:全て1967.3.8
ホジ101形が客車と貨車を牽いて走る。 北川-新山 
鉄道画報の連載「昭和軽便めぐり」でモノクロにして使った1枚。

大井村-小平井 1967.3.8

矢掛駅風景。 ホジ7とホハ2 

ホジが単行で往復していた矢掛線。 北川近く

北川を発車し井原へ向かう混合列車。

2018年5月8日火曜日

横手の1枚

もう何回もアップしてきた羽後交通横荘線の横手ですが、この混合列車の写真は、列車が小さ過ぎて、これまでトリミングで周辺をカットし列車を大きくしたものを使ってきました。

ここに貼った1枚はFBに投稿したもので、トリミングをやり直して周辺まで取り込んだものです。邪魔だと思っていた鉄塔も入れてみると意外です。小さすぎると思っていた列車もそうではなかった。

横荘線の混合列車 横手 1966.03.04
遠くに見える横手機関区の煙、横荘線の車庫だけでなく、鉄塔、横手市内の電波塔など、ありのままに入れたトリミング。
その結果、これまで↓と違って写真の余白が多くなり写真に拡がりがあり、写り込んだ情報量が増える。電柱などノイズも敢えて取り込むのが宮本常一流の撮り方であった。


これまでに使った写真で、無駄を排除し車両を手前に引き寄せたトリミング。
鉄塔が見えない送電線ケーブルが気になるし、1枚の写真の情報が少なくなってしまい、上と比べるとつまらない。


2018年5月7日月曜日

吉永陽一さんの写真展

このところ写真展めぐりが多いのですが、昨日は六本木で開催中の
空撮写真家の吉永陽一写真展「いきづかい一いつもの鉄路」を見てきました。

全倍サイズの空撮を主体に、空撮の間にお馴染みの路線を6×6で撮った
鉄道の日常風景を組合せた作品集。
凝った光と影の写真などばなくて、記録写真のせいか分かり易いですね。
そして上手いですねワンパターンにならない展示方法で見る者を飽きさせない。
六本木の東京ミッドタウン「富士フィルムフォトサロン」で 5月10日まで開催中。

華やかな場所の華やかな会場で、華やかな写真展がお似合いでした。いろんなお客さんが入ってきて賑わっていた。ただ、ミッドタウン初めての私にとっては会場に着くまでがひと苦労でした。

全倍サイズの空撮を主体に、その間にお馴染みの路線を6×6で撮った鉄道の日常風景を9点。

全倍の間に1点ある特大サイズは1500×1000とか。

特大サイズの工事中の渋谷駅。

東京ミッドタウンの五月晴れ