案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2017年10月22日日曜日

西鉄大牟田線

筑豊本線とクロスする辺りで撮った西鉄本線は、肝心の小型電車モ200形4両編成がピンぽけで失敗、モ100形3両編成が写っていたのが救いであった。

朝倉街道-筑紫   1967.3.6

小型電車モ100形







2017年10月21日土曜日

原田のC55

西鉄大牟田線の電車を思い出し、筑豊本線原田のネガをスキャンしてみました。原田のC55は1枚だけ以前アップしたことがあります。

美しいC55を撮りに原田駅に降りたのは1967年春であった。原田から宝満川鉄橋まで歩き筑豊本線と西鉄大牟田線と狙ったが、一面に田畑が開けた単調な風景で次々やってくる西鉄電車の写真はワンパターンになってしまい、フィルムと時間の無駄遣いに終わってしまった。こういうことになるので大手私鉄の電車は滅多に撮ることがない。

1967.3.6
どこまでも一直線に走る西鉄大牟田線とクロスする筑豊本線のC55旅客。

熊本電鉄と熊本市電を撮った3月6日は、この後熊本から鹿児島本線に乗って原田(はるだ)に来ていた。ノートの片隅には、朝早くから夕暮れまでろくに食事もせず歩き回り、何で俺はこんなところをさ迷っているのだとメモがあったが、九州めぐりの最後は原田から出ている筑豊本線のC55を狙った。

 原田駅のC55

原田を発着する筑豊本線にはC55列車が日中上下14本も走っていた。
門鉄デフを装備した美しいC55 


 D60 原田

D60とC55 春田-筑前山家

D51にがっかり。

筑豊本線の築堤から撮った直線区間を走る西鉄大牟田線。朝倉街道-筑紫

2017年10月19日木曜日

西鉄福岡市内線

先輩のアルバム・シリーズ。
昭和38年の福岡にまだこんな光景があった。
この木造車は昭和45年まで走っていたようだ。

101形102号  天神 1963年7月
昭和38年、こんなアメ車がまだ走っていた時代だったのですね。東京でも走っていたかも知れないがクルマに関心がなかったせいか全く記憶にない。木造電車よりもアメ車に驚かされる。

101形102号  県庁前 1963年7月

101形114号  天神 1963年7月

上の写真の4年後、長崎で見たのが元西鉄の163号。長崎駅前 1967年2月

2017年10月14日土曜日

昭和38年の町田駅

先輩のアルバム・シリーズ。
1枚目の写真は小田急 新原町田(今の町田)駅で、今の町田からは想像もつかない長閑な風景であった。そう言えば新原町田のホームに立つと駅の南西部に田畑が拡がっていた記憶がある。

新原町田止り、上り1652+1602 1963.4.28  先輩のアルバムの1枚。

以下はこの頃の小田急と国鉄横浜線風景。
1963~1964年 撮影:田辺多知夫氏 
横浜線のC58。 小田急新原町田駅は横浜線から今より離れているように見える。

 行き交う電車と田んぼで遊ぶ子供たち。

新原町田駅の南側、境川沿いの自然豊かな一帯。

ホームから見た森野住宅方面。

現在の町田

新原町田駅を発車して横浜線をオーバクロスする1900。

横浜線原町田駅。

2017年10月10日火曜日

京王新宿駅

先輩のアルバム・シリーズ。
京王線の新宿地下駅開業の日の写真1枚を見つけ、計3枚をお借りしました。今の京王新宿駅からは考えられない光景です。新宿地下駅が開業する前後の写真と、盛んに走っていた京王中型車を並べてみました。


新宿地下駅が開業した日の地上駅 1963.4.1。先輩のアルバムから。
この地上駅のところに京王百貨店が建つ。

開業直後の地下駅で、600V車が地下駅に入ってきたのはごく僅かの期間であった。
撮影:田辺氏

地下駅開業の直前で甲州街道に出る地上線。 1963.3.20。先輩のアルバムから。

新宿地下駅開業の直前で、甲州街道から新宿地上駅に入る。

京王線が三丁目まで走っていた時代の地図で、後に新宿西口に京王新宿駅ができた。
昭和5年東京日日新聞付録。東京市外地図。


デハ2150形 1961.8.31 笹塚  先輩のアルバムより。
印画紙プリント写真がよい感じです。

デハ2150形 下高井戸 1962.12.7


2017年10月8日日曜日

東北本線 仙台駅前

市電が走る仙台駅前。 1964.7.30  先輩のアルバムより

私が訪問したのは上の写真の一週間後であった。仙台市電の撮影に夢中になり仙台駅は1枚も撮ってなく全く記憶にないが、この時の仙台駅はこんなだったのだ。

東京オリンピック開催の年、活気溢れる仙台の街。 左手が仙台駅前   1964.08.08

市電が行き交う駅前の賑わい。市電も沢山の客が乗っている。

以下は当時の市電通りの街並みです。
片平一丁目検察庁前

東北本線を越える花京院~小田原一丁目と思ったのですが、片平一丁目検察庁前近くのようです。のんびりと電車と車と自転車が走る。ミゼットの小さいこと。道路を走る電車と車と自転車のバランスがこんなであった時代、これぞ環境と人に優しい理想の道路ではないだろうか。

ここから仙台駅方面へ向かってみます。
裁判所前~片平一丁目検察庁前。


 裁判所前


仙台の中心部でも道路に全く車がいない。

②系統は仙台駅前の手前で分かれて長町へ向かう。

長町車庫前

2017年10月7日土曜日

長崎本線 長崎駅前

昭和29年の長崎駅前 1954.8.20
長崎電軌電停の向こうに長崎駅、道路を走るオート三輪、自転車、駅前に丸みのあるバス、昭和20年代末の長崎駅前にこんな長閑な光景があった。 先輩のアルバムより。


それから13年後の1967(昭和42)年春に私が訪れた時の長崎駅前はこんな光景であった。
跨線橋から撮った長崎駅前。 1967.3.2