案内文章

高度成長期に突入した1960年代は、地方私鉄の廃線が次々と続いた10年間であった
「終焉の地方私鉄」を全国に追い求め、
空腹と闘った旅で撮り溜めたネガ。
そんなネガを掘り起し、地方私鉄の1960年代
回想してみました。

2012年1月4日水曜日

京福鞍馬線 岩倉盆地

宝ヶ池から鞍馬線に入り左へ方向を変えたところに岩倉駅がある。
岩倉駅を出ると沿線には人家も少なくなり、あたりは一段と底冷えが厳しい京都の正月が。
自然豊かな美しい山並みと田園風景の単線区間をポール電車が行き来していた。

上: 比叡山を望む岩倉駅 1969.1.2
下: 鞍馬線の複線は岩倉を過ぎると単線となった

岩倉を発車して比叡山を背に鞍馬へ向かう  画像クリックで拡大

京都北部の美しい山並み デオ300

宅地開発される前の岩倉盆地の田園風景



3 件のコメント:

hawk さんのコメント...

katsu様。貴重な叡電の写真をUPしていただき、ありがとうございます。デオ300入線直後の写真は少なく、前面窓が両側ともHゴム写真はなかなか見ることができません。他に叡電写真があれば、またUPお願いします。

katsu さんのコメント...

hawkさん
コメントありがとうございました。
そうでしたかデオ300。
元阪神以外は殆ど車両のことに触れませんでしたが、他の写真を調べてみます。
車両写真があれば更にアップ致します。

hawk さんのコメント...

katsu様。コメントありがとうございます。15歳まで過ごした、岩倉駅の風景が懐かしく何度も見にきています。小生も、岩倉駅西側の田んぼから、叡電の写真を撮影しました。また、岩倉駅付近から見る比叡山の姿が一番きれいだと、親父が言っていたのを思い出します。
 デオ300は、パンタ化予定で入線したので、両窓Hゴム支え入線しましたが、ポールの上げ下げが貫通扉だと難しかったのか、すぐに方窓がサッシ化されたようです。
 貴ブログで見つけたクハ801、802のエッチングようやく発注しました